はじめに
近年、ペットを飼育する世帯が増加しており、それに伴いペット可物件の需要も高まっています。
不動産オーナーや管理会社にとって、ペット可物件は入居率向上や差別化を図る上で有効な手段となり得る一方、入居者間のトラブルや物件の損傷といったリスクも伴います。
安易な「ペット可」化は損失を招く可能性があり、適切な契約内容と管理体制を整備することが、ペット可物件運営の成功には不可欠です。
本記事では、ペット可物件に関する法律上の基本事項から、実際に起こりうるトラブルとその対策、契約書に盛り込むべき重要なポイントについて解説します。
本記事をお読みいただくことで、ペット可物件に関する法的リスクを軽減し、適切な契約書を作成し、効果的なトラブル予防・対応策を習得できることを目指します。
1 ペット可物件に関する法律上の基本事項
⑴ ペット飼育に関する基本的な法的ルール
ペット飼育の賃貸借契約を直接的に禁じる法律は存在しません。
しかし、賃借人には民法上の用法遵守義務があり、契約で定められた物件の使用方法を守る必要があります。
また、契約自由の原則に基づき、賃貸人と賃借人の合意によってペット飼育に関する特約を結ぶことができ、この特約は原則として有効です。
したがって、ペット可物件においては、契約時にペット飼育に関するルールを明確に定め、書面で確認することが非常に重要となります。
入居者からの質問や疑問点には適切に対応できる体制を整えておくことも望ましいでしょう。
ペット飼育に関連する法規として、動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)東京都動物の愛護及び監理に関する条例などが存在します。
これらの法律や条例は、ペットの飼い主に対する遵守事項や、事故発生時の措置などを定めており、ペット可物件の運営においても考慮に入れる必要があります。
特に東京都動物の愛護及び監理に関する条例第二十九条では、飼養または保管する動物が人の生命または身体に危害を加えた場合、適切な応急処置と再発防止措置を講じるとともに、事故発生から24時間以内に知事に届け出る義務が飼い主に課せられています。
⑵ ペット飼育に関する費用(敷金・礼金)
ア 敷金とは?礼金とは?
賃貸借契約における費用として、敷金と礼金があります。
敷金は、賃借人が賃料の滞納や物件の損害賠償などの債務を担保する目的で賃貸人に交付する金銭です。
一方、礼金は、賃借人が契約締結の謝礼として賃貸人に交付する金銭であり、一般的に返還されません。
イ 敷金償却特約・敷引特約や追加敷金契約の利活用
ペット可物件においては、ペットによる物件の損傷や臭いなどを考慮し、通常の物件よりも敷金の設定を高めにしたり、敷金償却特約や敷引特約、追加敷金契約などを活用するケースが見られます。
敷金償却特約・敷引特約とは、敷金について、償却や敷引などの名目をもって、その一部または全部を返還しないとする特約です。
ただし、契約の趣旨・目的にもよりますが、敷金の全部を返還しないとする特約は、消費者契約法に違反するおそれがあるため注意が必要です。
追加敷金契約は、賃貸借契約書とは別に覚書などを交わし、敷金の不足を担保する目的で追加の金銭を交付してもらう契約です。
覚書の記載内容によっては、法的に敷金と評価されない可能性もあるため、慎重な取り扱いが求められます。
ペットによる特別な清掃や修繕費用に備えるためにこれらの特約を活用することは考えられますが、その内容や範囲を明確に契約書に記載し、賃借人に十分に説明することが重要です。
⑶ ペットによる損害賠償責任(民法 718 条の動物占有者の責任)
民法718条は、動物の占有者の責任について定めています。
飼育しているペットが他人に損害を与えた場合、動物の占有者はその損害を賠償する責任を負います。
例えば、ペットが他の人を噛んで怪我をさせてしまった場合や、吠え声によって近隣住民に精神的な苦痛を与えた場合などが該当します。
実際に、犬の吠え声に驚いた被害者が転倒し骨折した事例では、犬の占有者に対して約438万円の損害賠償が命じられています(横浜地裁平成13年1月23日判決)。
このように、ペットによるトラブルは、飼い主の予期せぬ損害賠償責任につながる可能性があることを認識しておく必要があります。
ただし、アレルギーの発症など結果と原因の関係性が特定できないような事案においては、中立かつ公平な対応を心がけ、必要に応じて診断書などの裏付けを求めることが重要です。
2 ペットを理由とする契約解除の可否
⑴ 賃貸借契約解除の一般的な法的根拠
賃貸借契約を解除するための一般的な法的根拠は、賃借人による債務不履行です。
ペット飼育に関するトラブルの場合、この債務不履行として問題となるのは、用法遵守義務違反です。
つまり、契約で定められた物件の使用方法やペット飼育に関するルールに違反した場合に、契約解除が検討されることになります。
⑵ 債務不履行・解除を考える前に!どういったトラブルが考えられるか?
ペット飼育が許可されている物件であっても、様々なトラブルが発生する可能性があります。主なものとしては、騒音トラブル(足音、鳴き声、引っ掻き音)、臭いトラブル(体臭、排泄物の臭い、マーキング)、物件の損傷(引っ掻き傷、噛み跡、粗相)、そして他の入居者との住民間トラブル(アレルギー、恐怖心、攻撃的な行動、共用部分でのマナー違反)などが挙げられます。
これらのトラブルに対しては、入居前のルール説明の徹底や、入居後の注意喚起、具体的な対策(防音マットの推奨、しつけの指導、爪の手入れの推奨、清掃・換気の指導、保護シートや爪とぎの推奨、ルールの明確化)などを講じることが重要です。
⑶ どういった場合に賃貸借契約を解除し退去してもらうことができるか?
ペットを理由に賃貸借契約を解除し、入居者に退去してもらうことができるかどうかは、ペット飼育が契約上、可であるか不可であるかによって判断が異なります。
つまり、場合分けが必要(ペット飼育が契約上、可か不可か)になります。
ペット飼育が契約上禁止されている場合と、許可されている場合とでは、契約解除の要件が異なります。
ア ペット禁止特約違反による解除
賃貸借契約にペット禁止特約があるにもかかわらず、賃借人が無断でペットを飼育した場合、原則として契約違反となります。
しかし、例外的に、違反の程度が軽微である場合(例えば、ハムスターのような小動物で近隣への迷惑となる可能性が低い場合)や、賃貸人が過去にペットの飼育を黙認していたような場合には、契約解除が認められない裁判例が多い傾向にある印象です。
一方で、これらの傾向に反し、実害の有無は考慮されず、契約解除が認められた裁判例も存在します(東京地判平成22年2月24日)。
この裁判例では、ペット禁止の特約があるにもかかわらず、契約前から飼育していたフェネックギツネ(小型の狐)の飼育を賃貸人側が停止するよう求めたにもかかわらず、賃借人が飼育を継続したため、契約解除が認められました。
これらの裁判例を踏まえると、ペットの飼育が近隣に著しい迷惑を及ぼしたり、物件に重大な損害を与えたりするようなケースでは、契約解除が認められる傾向が強いと言えます。
また、実害がなくとも、賃貸人からの再三の注意や改善要求に応じない場合も、信頼関係の破壊が認められ、契約解除につながる可能性があります。
イ ペット禁止特約がない場合の解除
賃貸借契約にペット禁止特約がない場合でも、ペットの飼育が用法遵守義務に違反し、通常許容される範囲を超えると判断される場合には、契約解除が認められることがあります。
例えば、部屋内で多数の猫を放し飼いにし、悪臭がひどく近隣住民に迷惑をかけていた事例や、敷地内に鳩舎を設置し約100羽の鳩を飼育し近隣に迷惑をかけていた事例などで、契約解除が認められているようです。
ウ 契約解除を検討する際の実務上の注意点
ペットを理由に契約解除を検討する際には、慎重な対応が求められます。
まずは、問題となる行為に対して速やかに警告(飼育禁止命令や改善命令)記録として保管することが重要です。
対応は段階的に行うことが望ましく、まずは口頭や書面による改善のお願いから始め、改善が見られない場合には警告書を交付し、それでも状況が改善しない場合に、弁護士による内容証明郵便を送付するなど、段階を踏むことが一般的です。
3 契約書に記載すべき重要ポイント
ペット可物件の賃貸借契約書には、トラブルを未然に防ぎ、発生した場合に適切に対応できるよう、以下の重要なポイントを明確に記載しておく必要があります。
⑴ ペット飼育に関する基本的な契約事項
ペット飼育を許可する場合には、詳細は後述の通り、ペット飼育申請書やペット飼育細則を作成し、これらに基づきペットに関する事項に法的拘束力を持たせることが重要です。
また、これら申請書・細則に違反したことが、契約書違反となるような、法的導線作りも必要不可欠です。
⑵ 飼育可能なペットの明確な定義
種類、数、大きさ(成体時の大きさも含ませましょう)、性別などを具体的に定める必要があります。
⑶ 必要な証明書・書類の提出義務
ワクチン接種証明書、狂犬病予防注射済票、犬鑑札などの提出を義務付けることで、ペットの健康状態や登録状況を把握できます。
⑷ ペット飼育申請書(写真含む)の提出義務
ペットの種類や特徴を把握するために、写真付きの申請書の提出を義務付けることが有効です。
⑸ ペット飼育細則の遵守義務
共用部分での移動方法(抱きかかえる、ケージに入れるなど)、清掃責任、バルコニーの利用方法、トイレの設置場所、防音対策など、具体的な飼育ルールを定め、その遵守を入居者に義務付けます。
努力義務ではなく、法的義務として定めることが重要です。
⑹-1 原状回復に関する特約事項
退去時の原状回復に関する取り決めは、ペット可物件において特に重要です。
通常損耗と特別損耗の明確な区分
通常損耗は、日常生活における自然な劣化であり、原則として大家が負担します。
一方、特別損耗は、ペットによる損傷や不適切な使用による損害であり、テナントが負担するのが原則です。
契約書には、通常損耗とペットによる損耗の範囲を明確に記載する必要があります。
⑹-2 借主が負担する費用の範囲や割合の具体例
「猫による引っ掻き傷や犬による柱の噛み付き跡などの修繕費用は入居者負担とする」といった具体的な例を明記することで、トラブルを未然に防ぐことができます。
賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲を、賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記することが必要です。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」や関連資料を参考に、ペットによるひどい傷や汚れについては経過年数を考慮せず賃借人負担とする特約や、消毒・消臭費用を定額で徴収する特約などを設けることも考えられますが、これらの特約は内容を明確にし、賃借人に十分に説明する必要があります。
ペットによりクロス等に傷が付いたり臭いが付着している場合は、賃借人負担と判断されることが多いと考えられます。
トラブル対応と罰則
ペットに関するトラブルが発生した場合の対応方法や罰則についても、契約書に明記しておくことが重要です。
⑺ 問題発生時の報告義務と対応方法
ペットによる騒音、臭い、損傷、他の入居者への危害などが発生した場合の報告義務を賃借人に課し、報告を受けた際の賃貸人・管理会社の対応方法を定めておきます。
ペットが禁止されている建物でペットが飼育されている疑いがある場合にも、証拠を収集・保全する必要があることを明記しておきます。
⑻ ルール違反時の措置
ペット飼育に関するルールに違反した場合の措置として、注意、改善命令、飼育中止命令、最終的には退去命令があり得ることを明記しておきます。
4 よくある質問~ペット飼育に関する証拠の保全・収集方法~
ペットが禁止されているにもかかわらず、入居者が隠れてペットを飼育している場合、その証拠を収集することは困難な場合があります。
しかし、以下のような方法で証拠の保全・収集を試みることが考えられます。
他の入居者からの証言: 騒音や臭いなど、具体的な迷惑行為について、他の入居者から詳細な証言を得て記録する。日時、状況などを具体的に記録してもらうことが重要です。
写真や動画: ペットの姿、鳴き声、散歩の様子などを写真や動画で記録する。ただし、プライバシー侵害には十分配慮する必要があります。
立入り調査: 賃貸借契約に基づき、物件の状況を確認するために立ち入り調査を行う。ただし、正当な理由と事前の通知が必要です。
動物病院やトリミングサロンの情報: 近隣の動物病院やトリミングサロンに、該当する入居者のペットに関する情報がないか確認する(個人情報保護法に抵触しない範囲で)。
これらの情報を総合的に判断し、慎重に証拠を収集・保全していく必要があります。
まとめ
ペット可物件の運営は、適切に管理することで入居者とオーナー双方にメリットをもたらす可能性があります。
しかし、トラブルを未然に防ぎ、安心して運営するためには、明確な契約書の作成と入居者への丁寧な説明が不可欠です。
ペット飼育に関する法的ルールを理解し、具体的なトラブル事例や裁判例を参考にしながら、自社の物件に合った契約内容を整備することが重要です。
本記事が、ペット可物件の運営に携わる皆様にとって、少しでもお役に立てれば幸いです。
ご不明な点や具体的な法的判断については、専門家である弁護士にご相談ください。