1. はじめに
近年、自宅に住み続けながら資金を調達できる手段として、住宅リースバックが注目を集めています。
高齢化が進む社会において、老後の生活資金や介護費用を確保する選択肢の一つとして検討されることも増えています。
また、一時的に資金が必要になった場合や、住み慣れた家を手放したくないといったニーズに応える可能性も秘めています。
しかし、新しい取引形態であるリースバックは、仕組みが複雑で消費者の理解が十分ではない側面もあります。
そのため、契約内容を十分に理解しないまま利用してしまい、後々トラブルに発展するケースも少なくありません。
本記事では、住宅リースバックの基本的な仕組みやメリット・デメリット、具体的な利用例に加え、実際に起こりうるトラブル事例とその対策について、国土交通省が公表しているガイドブックや、リースバック取引に関する裁判例、専門家による考察をもとに、弁護士の視点から詳しく解説します。
リースバックの利用を検討されている方はもちろん、その仕組みに関心のある方も、ぜひ最後までお読みください。
2. 住宅リースバックとは?
住宅リースバックとは、自宅などの不動産をリースバック事業者(買主)に売却し、売却代金を受け取った後も、賃貸借契約を結ぶことで引き続きその物件に住み続けることができるサービスです。
2.1. リースバックの基本的な仕組み
リースバックの取引は、大きく分けて以下の2つの契約によって成り立っています。
不動産売買契約
現在の自宅の所有者(利用者)が、リースバック事業者に対して自宅を売却する契約です。
この契約に基づき、事業者は利用者に売買代金を支払います。
賃貸借契約
売買契約と同時に、またはその後に、利用者がリースバック事業者から売却した自宅を借りる契約です。
これにより、利用者は毎月家賃を支払うことで、引き続き自宅に住むことができます。
2.2. リースバックの主な特徴
リースバックには、通常の不動産売却や融資とは異なるいくつかの特徴があります。
住み慣れた自宅に住み続けられる
最も大きな特徴は、生活環境を変えることなく資金を調達できる点です。
一括で資金を受け取れる
不動産を売却することで、まとまった資金を一度に得ることができます。
固定資産税や修繕費の負担軽減(契約による)
物件の所有権は事業者に移るため、契約条件によっては、固定資産税や維持修繕に関する費用を自身で負担する必要がなくなる場合があります。
ただし、家賃にはこれらの費用も考慮されています。
自由に設備を改変・設置できない場合がある
自宅は事業者の所有物となるため、増改築や設備の設置などを行う際には、事業者の承諾が必要となる場合があります。
契約の種類によっては希望通りの期間住み続けられない
賃貸借契約には「普通借家契約」や「定期借家契約」などの種類があり、契約の種類によっては、更新が認められず、契約期間満了時に退去しなければならない場合があります。
特に定期借家契約の場合、契約で定めた期間が満了すると契約は終了し、貸主(リースバック事業者)が再契約を拒否することも可能です。
買い戻しができる場合がある(契約による/条件付き)
契約条件によっては、将来的に売却した自宅を買い戻せる場合がありますが、買い戻せる期間や価格などの条件が設定されており、必ず買い戻せるとは限りません。
家賃の支払いが発生する
住み続けるためには、毎月家賃を支払う必要があります。受け取った売却代金から家賃を支払い続ける場合、資金が底をつく可能性も考慮する必要があります。
2.3. 他の資金調達手段との比較
自宅に住み続けながら資金を調達する方法としては、リースバック以外にも、不動産担保ローン(リバースモーゲージを含む)や、通常の売却後に一定期間住み続けるといった方法があります。
それぞれの方法にはメリット・デメリットがあるため、自身のライフプランや資金ニーズに合わせて慎重に比較検討することが重要です。
3. リースバックの利用例
リースバックは、様々な目的で利用されています。国土交通省のガイドブックには、以下のような利用例が紹介されています。
高齢者施設への住み替え
高齢者施設への入居一時金を捻出するために自宅を売却し、入居までの間はリースバックを利用して住み続ける。また、施設入居後に空き家となる自宅の管理や処分にかかる負担を避ける目的もあります。この場合、施設への入居時期が明確であれば、定期借家契約で期間を定めることが多いと考えられます。
実家の建て替え資金の捻出
実家を建て替えるための資金を調達するために自宅をリースバックで売却し、建て替え期間中は自宅に住み続ける。建て替え完了後は転居するため、この場合も定期借家契約が適していると考えられます。
急な資金需要への対応
予期せぬ支出が発生した場合に、自宅を売却して資金を確保しつつ、住み慣れた環境を維持する。
4. よくあるトラブルと相談事例
リースバックは便利なサービスである一方、理解不足や悪質な事業者との取引によって、様々なトラブルが発生する可能性があります。
4.1. 悪質なリースバック詐欺事例
最近の裁判例では、悪質なコンサルタント会社や宅建業者が連携し、競売手続により自宅の所有権を失う危機に直面していた売主(利用者)を騙して、市場価格よりも著しく低廉な価格でリースバック契約を締結させ、その後高額で転売して利益を得るという詐欺行為が認定された事例があります。
この事例の概要は以下の通りです。
・売主Xは、住宅ローンの返済滞納や管理費滞納により自宅が差し押さえられていました。
・Xは、Y社(コンサルタント会社)から不動産担保ローンの案内を受け、融資を申し込んだところ、Y社は融資をする意思がないにもかかわらず、XをY2社(宅建業者)の事務所に案内しました。
・Y社とY2社の担当者は、Xに対し、「債務を清算した上で手元に100万円程度の資金を残すには、融資額を500万円にするのが良い」と説明し、Xは言われるがままに売却希望価格を500万円とする「不動産売却申込書」と、Y2社に対する売買代金500万円の「区分所有建物売買契約書」に署名押印しました。
・その後、XはY2社との売買契約を合意解除させられ、Y3社(宅建業者)に対して同じく500万円で自宅を売却する旨の売買契約と、賃料月額10万円、期間3ヶ月(その後普通賃貸借契約に変更)の定期住宅賃貸借契約に署名押印させられました。
・Xは、売買代金から借入金や滞納管理費などを清算した結果、手元にはわずか10万円程度しか残りませんでした。
・その後、本件不動産はY3社から1250万円で他業者に売却され、さらに第三者に1980万円で転売されました。
・Xは、Yら(Y社、Y2社、Y3社およびその代表者、従業員)が共謀して詐欺行為を行ったとして、損害賠償請求訴訟を提起しました。
裁判所は、YらがXに対し、融資を行う意思がないのに不動産担保ローンを勧誘し、Xが借入れをすれば自宅の所有権を失わずに済むと誤信させ、リースバックへと誘導したと認定しました。
また、本件不動産の売買代金500万円は、その後の転売価格から見ても著しく低廉であったと判断しました。
その結果、裁判所は、Yらの行為は詐欺行為にあたるとし、Xの損害額として、本件不動産の適正な価格(1250万円と認定)と売買代金との差額約768万円に弁護士費用を加えた約844万円の支払いをYらに連帯して命じました。
この事例は、経済的に困窮し、不動産の知識も十分でない消費者を狙い、不当に低い価格で不動産を取得し、利益を得ようとする悪質な事業者の存在を示唆しています。
4.2. 国土交通省が注意喚起するトラブル事例
国土交通省が公表している「住宅のリースバックに関するガイドブック」では、以下のようなトラブル事例が紹介され、注意が呼びかけられています。
強引な勧誘による契約
事業者からしつこく勧誘され、十分に検討する時間を与えられないまま契約してしまった。
高額な違約金の請求
解約を申し出た際に、高額な違約金を請求された。
→不動産売買契約にはクーリングオフ制度が適用されない場合があることや、違約金が設定されているケースがあることに注意が必要です。
支払賃料の合計額が売却価格を超える
長期間住み続けた場合、支払う家賃の合計額が当初の売却価格を大幅に上回ってしまうことに後から気づいた。
→契約前に、売却で受け取る金額と、数年かけて支払う賃料を比較することが重要です。
市場価格より著しく低額な売却
不動産の相場について十分な説明がないまま、市場価格よりも著しく低い価格で売却してしまった。
売却価格が妥当かどうか、複数の事業者に意見を聞くことが大切です。
契約内容と異なる賃貸借条件(再契約不可など)
「ずっと住み続けられる」と聞いて契約したが、実際には定期借家契約であり、契約期間満了後に再契約を拒否され、退去しなければならなくなった。
→賃貸借契約の種類や期間、更新・再契約の条件などを契約前にしっかり確認することが重要です。
買い戻しに関するトラブル
買い戻せると思っていたが、実際には条件が厳しく買い戻せなかったり、買い戻し価格が高額であったりする。
→買い戻しは当然の権利ではなく、契約内容をしっかり確認する必要があります。
設備の修繕費用負担に関する不明確さ
リースバック後、設備の修理費用を誰が負担するのかが契約で明確になっておらず、トラブルになる。
→契約前に、設備の所有権の所在や修繕費用の負担について確認しておく必要があります。
原状回復費用の負担
退去時に、高額な原状回復費用を請求される。
→通常の賃貸借契約と同様に、原状回復義務が発生する場合があることを理解しておく必要があります。
4.3. トラブルを未然に防ぐための注意点
リースバックの利用にあたっては、上記のトラブル事例を踏まえ、以下の点に十分注意することが重要です。
複数の事業者から話を聞き、比較検討する
一つの事業者の話だけを鵜呑みにせず、複数の事業者から条件(売却価格、家賃、契約期間、再契約の可否、買い戻し条件など)を聞き、比較検討しましょう。
売却価格の妥当性を確認する
提示された売却価格が市場相場に見合っているか、複数の不動産業者に意見を聞くなどして確認しましょう。
賃貸借契約の内容を詳細に確認する
契約の種類(普通借家か定期借家か)、契約期間、更新・再契約の条件、家賃、敷金・礼金、解約に関する事項などを契約書でしっかりと確認し、不明な点は事業者に質問しましょう。
特に、定期借家契約の場合は、契約期間満了後の再契約が保証されないことを理解しておく必要があります。
買い戻し条項の有無と条件を確認する
買い戻しを希望する場合は、契約書に買い戻しに関する条項が明記されているか、買い戻し可能な期間や価格、手続きなどを確認しましょう。
口約束ではなく、書面で確認することが重要です。
設備の修繕費用や原状回復義務について確認する
設備の修理費用を誰が負担するのか、退去時の原状回復義務の範囲などについて、契約前に確認し、契約書に明記してもらいましょう。
契約内容を十分に理解し、安易に契約しない
契約を急かすような営業トークに惑わされず、契約内容を十分に理解し、納得した上で契約することが重要です。少しでも不安を感じたら、契約を保留し、家族や専門家に相談しましょう。
専門家(弁護士、宅建士など)に相談する
契約内容に不安がある場合や、トラブルに巻き込まれた場合は、専門家に相談することも検討しましょう。
国土交通省のガイドブックを参照する
国土交通省の「住宅のリースバックに関するガイドブック」には、リースバックの仕組みや注意点、相談窓口などが詳しく解説されていますので、必ず参照しましょう。
国土交通省のホームページから閲覧できます。
5. まとめ
住宅リースバックは、自宅に住み続けながら資金を調達できるというメリットがある一方で、契約内容を十分に理解せずに利用すると、様々なトラブルに巻き込まれる可能性があります。
特に、悪質な事業者による詐欺的な事例も報告されているため、契約前には複数の事業者から情報を収集し、慎重に比較検討することが不可欠です。
ご自身のライフプランや資金ニーズをしっかりと把握し、リースバックの仕組みや注意点を十分に理解した上で、慎重に判断することが重要です。
少しでも不安を感じたら、契約を急がずに家族や専門家(弁護士、宅建士など)に相談するようにしましょう。また、国土交通省が提供するガイドブックは、リースバックに関する重要な情報源となりますので、必ず目を通し、安全な取引を心がけてください。